体をめぐる小説リズム
小説を読んでいると、自然とリズムが生まれてきます。その流れがまた、心地良いのです。
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手放すことが出来ない本

2015年3月26日

例えば、とてもよい天気で青空が高く綺麗に見えたとき、ふと読み返したくなる本があります。それは児童文庫の種類としても出版されており、昔から幅広い層に愛され親しまれてきている名作だと個人的には思っています。
この本の内容が、大草原や自然の中で過ごす少女の成長物語でもある為、そのイメージと重なる風景を見たときに、ふと思い出したかのように読み返したくなるように思います。
そして、その本を再び開くごとに、その本を初めて手にしたときに自分に戻るような気がするのです。こういった気持ちになれる本はあまりなく、私にとっては特別な意味のある本だと言えるのではないでしょうか。
本を読むことがすでにライフワークになっているので、今まで数え切れないほどの本を読んできましたが、ことあるごとに思い出したり、何年たっても読み返したくなる本というものはそんなに多くはないと思います。もちろん、どの本も良作が多く、その都度感動したり驚いたり、夜も眠れなくなるほどページがどんどんすすんだりする魅力的な本ばかりではあるのですが、多くても二度読んでしまえば手放してしまうというパターンが多いのです。
そんな中でいつまでも手放すことが出来ない本があるということが、なんとなく少し嬉しいような気がしています。次の晴れた日に、また久しぶりに読んでみようかと思っています。

思春期の手紙

2015年3月10日

両親への手紙というものを書いたことがあります。確か小学生の頃の行事の一環としてだったと記憶していますが、思春期と言われる時期の揺れの大きい年齢にあった私、なかなか素直に普段は感謝の言葉を使うことが出来ずにいました。それは私だけに限らず、周りの友人たちの多くがそうだったと思います。
両親が仕事に行くこと、ご飯を作ったり掃除洗濯をすること、それはごく当たり前の毎日の風景で、そこに疑問や感謝の念というものを抱くまでに心が成長しておらず、時には大人たちの存在がなんとも疎ましかったりしたものです。
思春期、特に反抗期という時期は、子供にとってもその両親にとっても、とてもデリケートな時だと思いますし、必ずやってこなければいけない時期でもあります。子供は妙に大人っぽい様子で分かったようなことを口にしたり、大人は苛立ちを隠せずつい本気のケンカに発展してしまうということもあるのではないでしょうか。
そんな時に、改めて両親に手紙を書くという行為はとてもやりずらかったように思います。何を書けばいいのか分からず、なかなか筆が進まなかったものです。ですが、今思えば、唯一素直に気持ちを表すことが出来る手段だったと思います。
恥ずかしさと一緒に、こういう手紙を書く相手がいてくれるという嬉しさも感じることが出来たように思います。

両利きの自分

2015年2月23日

昔ほどではないにしろ、左利きの人にとっては不便なことが多々あるように思います。実は私も左利きだったのですが、子供の頃に母親によるスパルタ矯正を受け、両利きという特技を身に付けることが出来ました。今では左も右も使うことが出来るので、以外と便利だったりもします。
例えば、文字を書くときは右手で書きますが、塗り絵のように色を塗るときは左手で染めます。左手で染める方がなぜか味が出ますし、やはり自分自身やり易いのです。小学生の頃に絵日記の宿題があったのですが、右手で日記の文章を書き、左手で絵を描いて染めたりしていました。この様子を見た同じクラスの友達に誉められたことがとても嬉しくて、思えばこの頃から積極的に左手も使うようになっていったような気がします。
また、食事の際は右手で箸を使いますが、スプーンやフォークで食事する時は左手です。行儀は悪いかもしれませんが、同時に両手を器用に使って食事することも出来ちゃいます。自宅でたまにこの食べ方をして叱られてしまうこともあるのですが。
両利きであることで、右脳も左脳もバランスよく使えているはずなのですが、今のところは特にこれといって突出した才能がある訳でもありません。いつか才能開花することがあればいいのですが。

本の貸し借りで困ること…

2015年2月4日

本屋さんに寄ると、あれも読みたいこれも読みたい、と欲望ばかりが渦巻いてしまいます。だからといって、全ての本を購入するわけにもいきません。図書館に新刊として入るのを待ったり、読みたいものは借りるようにしています。同じく読書を趣味としている人であれば、読書傾向も似ていて自分が購入していないものを持っている可能性が大きいからです。
しかし、図書館以外で本を借りること、仲間からの貸し借りで困ることがあります。それは、どんどん読むものが溜まってしまうことです。いわゆる、積読というものですね。
暗黙の了解で貸し出し期限がないので、ついマイペースに読んでしまうと、どんどん貸してくれる人もいます。読むものが手元にあるという、こんなに嬉しいことはありません。けれども、本に追い込まれるというのも緊張感があります。
さらに、返却するときには貸してくれた人はたいていその本を先に読んでいるのです。「どうだった?」などと声を掛けられれば、感想を話さずにはおれません。自分も、「借りて良かった!」と思えるような作品だったならばなおさらです。
一冊の本を巡って、こんなにも自分の時間が取られてしまうということはなんという誤算でしょうか。時間を取られる、というよりは充実させられると言った方がピッタリですね。

ふと響く言葉がある

2015年1月22日

耳に残るフレーズや、ふと心にズシンと響く言葉というものがあります。不思議なことに、このようになんとなく自分自身に問い掛けるような、はたまた背中を押してくれるような、「今の自分にピッタリ!」という言葉たちというものは、なぜか必要な時に抜群のタイミングで出会うような気がするのです。
例えば、いつも車の中で聞いている馴染みのある曲の歌詞が、ある時まるでピンポイントで刺すように耳に入ってくることがあります。そして、曲をじっくり噛み締めるように何度もリピートしてみたりという経験があったり。
また、読んでいる本の一文に、ビビビッとくることも多いです。そういった箇所はつい繰り返して読んでしまうことがあります。私は普段から本を読むことがまるで日課のようになっていますが、こういった「何だかハッとさせられる一文」というものは、本の中だけに限らず、色んなところで目にすることがあります。
ある時はふと目に入った広告の中に、ある時はテレビで流れるエンドロールの中に、引っ張られるように目が向いてしまうという不思議な瞬間。
こういった偶然は、単なる偶然ではなく、自分に必要な知識であったり支えになるであろう言葉を、自分自身が無意識の中で捜し当てているのかもしれないな、と、時々思うのです。

漫画の魅力

2015年1月6日

本を読んでいると、「漫画ばっかり読んでないで勉強しなさい」と怒られるという図式がすぐに頭に浮かぶのですが、同じ本なので小説と同じようにとても深く、おおいに勉強になると思うのです。同じ本の仲間、立派な読み物のひとつですから。
特に日本のものはアニメと並んで、国内に限らず海外の評価がとても高いという事実は、ここ最近のジャパニメブームを見ても明らかだと思います。たかが漫画、されど漫画。海外の方は自分の感情をストレートに現すことが多いので、好きなものを隠したり恥ずかしがったりせず、堂々と公表していますね。いわゆるコスプレにかける情熱も素晴らしく、クオリティが高いのには驚かされます。
この分野にも色々なジャンルがあり、単純明快な笑いを提供するものからリアルに問題提起しているものまで、実に様々です。本を読んで世界観や人生観が変わったり、何かしら救われた、気持ちがスッキリしたという経験をした人は少なくないと思います。
本を読むことで、自分が経験出来ない違った人生を疑似体験することが出来るのだと思います。だからこそ、小さい子供から忙しい大人まで漫画を求めるのではないでしょうか。
形式を問わず物語を表現する本は、なかなか深みのある作品が多く、一度読み出すと止まらなくなってしまう魅力的な読み物であると思います。

母の好きな海外小説

2014年12月23日

私の読書好きはおそらく母親譲りだと思います。布団に入りながら枕元のランプを点けて夜な夜な本を読んでいる母親の姿を、今でも覚えています。
そんな母が好んで読んでいたのは海外小説で、特にホラーやミステリーのジャンルが多かったようです。数冊文庫本を母から借りて読んでみました。私は海外小説はあまり読んだことがなかったので、最初は表現の仕方の違いにとまどってしまい、なかなかページを増やすことが出来ませんでした。
当然と言えば当然ですが、海外の表現と日本の表現にはどうしても微妙な違いがあり、ジョークのひとつとってもちょっとズレを感じてしまうことがあります。「そんな風に言ってしまうの?」と、頭の中にハテナが浮かぶこともしばしば。
ですが、これも慣れると不思議とユニークに捉えることが出来るようになり、海外ならではの表現に思わず引き込まれてしまいます。ものをはっきり言う姿は爽快だったりもします。まるで海外ドラマを観ているように、ブロンドの主人公が鮮やかに浮かんでくるような気がします。
私の母親は、思ったことをはっきりと口に出す性格なので、こういった海外小説の中に自分を重ね合わせて読んでいたのかもしれませんね。そんな母の今の趣味は、すっかり読書から離れて家庭菜園になってしまっていることもお伝えしておきます。

読書のお供にはどんな音楽がピッタリ?

2014年12月8日

基本的に、読書の時には本に目を落とす以外にすることはありません。小学校の頃から、図書室は静かなところでしたし、授業の前に読書の時間を設けられていましたが、いずれも私語厳禁の静かなひとときでした。社会人になってからは通勤の電車の中で読むこともありますが、あまりうるさい場所で読む機会というのはほとんどないように思います。たまに、家で読むときにテレビを観ている家族の隣りで本を読む人がいるようですが、私は時と場合によるパターンです。
読書は文字を追っているので、耳から会話などが聞こえてくると気になってしまうことがあります。文字として入ってきてしまうので、その意味を理解しようとするときがあるのです。一方、読書で目から文字が入ってきているときなので、読書に集中できなくなってしまいます。テレビの音と同じような効果があるのが、音楽です。英語の意味が分かりずらい洋楽や、音楽だけのインストゥールメンタルなどは心地よく聞こえます。その反面、言葉がハッキリとわかる邦楽のポップスなどは読書の時に気になってしまいます。よくカフェのBGMがボサノバなのは、ハッキリと歌詞が聞こえにくいからかな?と思っています。もしかすると、読書の時のこうした音楽の好みは私だけでは無いのかもしれません。

将来の夢について

2014年11月27日

「将来の夢はなんですか?」といった投げ掛けは、子供の頃、授業やイベントなどの題材で多く出されていました。幼稚園の頃は、「皆と同じがいい!」という意識が強い為、女の子であればお花屋さんやパン屋さん、お嫁さんなどが多く、男の子は、消防士、おまわりさん、その時流行ったヒーローなどが挙げられていました。
少しずつ、そういった将来の夢に個別意識が芽生えていくのが小学校あたりではないでしょうか?卒業文集の最後のページに、「二十歳の自分の職業は?」という箇所があり、そこには本当にそれぞれ個性的な職業が並んでいました。「薬剤師」「ダンプの運転手」「農家」「普通の会社員」「専業主婦」などなど。そして私が書いた職業が、なんと「小説家」でした。
本を読むのが大好きだったので、読書感想文や作文コンクールでは何度もクラス代表に選ばれましたし、標語や詩も得意でした。その為、国語のテストではあまり苦労しなかったと思います。実はこっそり物語をノートに書いてみた事も。文章を読む事も書く事も好きだったのです。
しかし、この頃抱いた夢はまた成長と共に変わって行ったのですが、すべてに共通していたのが、「○○家」という職業であることです。ある時は「陶芸家」、またある時は「画家」、ザックリと「芸術家」なんて時もありました。多分、「集団ではなく自分ひとりでひとつの作品を黙々と作る」という姿に憧れていたんだなぁと思います。
夢は死ぬまで持ち続けていきたいものですね。

書店員になってみないとわから無い事。

2014年11月5日

本好きにとって、書店で働くということは憧れでもあります。よくお給料が低いとか、重い本を運ぶから腰に悪いと言われていますが、やはり本に囲まれて仕事をするということはとても楽しいものです。私はもう何年もさまざまな書店に通っているので、書店での仕事も新刊チェックが主に楽しみではないかと思っていました。今ではそんな書店に憧れている読書家のために、お仕事小説として書店員のことが書かれていることもあるからです。
そういう本を読んでいると、私の予想を裏切ることが多くありました。私が見ていた書店員のお仕事は、ほんの一部だったのです。書店員のお仕事の奥深さに、驚きの方が多い毎日を過ごしています。
たとえば、私が知って驚いたのは雑誌のことです。最近では、豪華な付録つきの雑誌が数多く出ています。本棚に並んでいても「スペースが広く必要で大変だな」くらいにしか思っていませんでした。ところが、この付録つき雑誌は、最初本体と付録がばらばらの状態で納品されてくるのだそうです。本体と付録を輪ゴムなどで一緒にするのは、各書店の仕事になってしまうのです…。出版社がセットしてくれるのではないと知って、唖然としました。付録つき雑誌は毎月いくつか発売されています。そのたびにセッティングの仕事が増えるのです。完成形しか見ていなかったお客の身分では、その苦労は全く知りませんでしたね…。
こういう裏方の仕事をしてくれる人たちが居るから、私たちは気持ち良く書店を利用できるんですね。感謝感謝です。

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