体をめぐる小説リズム
小説を読んでいると、自然とリズムが生まれてきます。その流れがまた、心地良いのです。
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強敵「古いアルバム」

2015年5月12日

先日、自宅の物置の整理をしました。今までも何度か片付けようと思ったのですが、いざ片付けようとするとどうしても腰が重くなり、永遠に開かずの間にして封印しておいてしまいたいと、ついつい現実逃避してしまっていたのです。いつまでもここから逃げてはいけないと、ついに意を決して扉を開け放ち、宝を阻むダンジョンのごとく重なりあう段ボールの山に足を踏み入れたのです。
ですが、私の決心をあざ笑うかのように、次々と段ボールの扉の中に潜む奴等が私の動きを阻みます。私を金縛りにしたそれは、「古いアルバム」という名の強敵でした。私の意に反してページをめくる手が止まらない、むしろどんどん滑らかになっていくではありませんか。
アルバムの中の私の分身たちが次々と私の記憶を攻撃し始めます。過去の思い出たちが鮮やかにリフレインし始め、私の分身たちはグイグイと私を過去に引き込もうとするのです。やめてくれやめてくれ、と逃れて次のページへ逃げ込むと、そこには見知った顔、顔、顔のオンパレードです。
もはや私はなすすべもなく、とうとうその強敵「古いアルバム」により拘束され、数時間監禁されたという訳です。ようやく解放され、無事もとの世界へ戻ることが出来ましたが、どうやって再び奴との対峙にて勝利を掴むことが出来るのか。策を練っているところです。

新しい世界

2015年4月26日

SNSの普及が目覚ましい昨今、今や小学生、中学生までもが普通に携帯電話を持ち歩き、パソコンを使いこなしているような時代となりました。私が小学生の頃は、糸電話でどこまで会話出来るか試したり、離れた場所の友人と秘密のやり取りが出来るトランシーバーという魔法のようなオモチャが流行ったりしたものですが、今と比べると「アナログな時代だったな」とついつい遠い目になってしまいます。
しかし本当に便利な世の中になったものです。それだけ自分も歳を重ねたのだと思うと、月日の流れの早さを痛感します。昔と変わったことは挙げていけばそれこそキリがないのですが、電子書籍というものが出現したときはなんだか複雑な気持ちになってしまいました。自分の中で、本はあくまでも紙のページをペラペラめくってなんぼというところがありましたので、若干受け入れがたいような気分になってしまったのです。
しかし、お試し無料立ち読み企画で電子書籍を読んでみたのですが、これはこれでなかなかよいではないか、と思わされました。残すべきところは残し、改めるべきところは改めるという柔軟な姿勢を持ち、消費者が選んでいける選択肢が増えるということは悪くないのかもしれません。これからまたどんどんそういった意味で新しい世界が開けていくのでしょう。

表情や雰囲気

2015年4月11日

カフェで本を読みながら時間を過ごすというスタイル、洗練された大人というイメージがあり、ひそかに憧れを抱いてしまいます。ジャズが静かに流れるような落ち着いた空間で、それはとても絵になるように思います。文庫本の変わりにノートパソコンを開いているという姿もピッタリその空間にはまりますね。傍らにコーヒーカップというアイテムももちろん欠かせません。
このように、醸し出すその人の雰囲気だとか空気というものはとても重要で、時に近寄りがたかったり親しみを覚えたりします。顔の造り、目鼻立ちというよりも、表情であったり服装であったり、話す声のトーンなどというものは、その人を表す際にとても重要なポイントだと思うのです。
いつもため息をついたり口角を下げていたり、瞳に力がなかったりすると、必要以上に疲れているように見えてしまいますし、一緒にいる相手にもそのようなマイナスな空気というものは伝染してしまいます。気を付ければ直せること、意識次第で変われる部分というものはたくさんあると思いますし、表情や雰囲気が変わるとまるで運気まで向上していくような気にさえなってしまうのは私だけではないのではないでしょうか。常に少しの緊張感を抱くということが大事なのかもしれません。

手放すことが出来ない本

2015年3月26日

例えば、とてもよい天気で青空が高く綺麗に見えたとき、ふと読み返したくなる本があります。それは児童文庫の種類としても出版されており、昔から幅広い層に愛され親しまれてきている名作だと個人的には思っています。
この本の内容が、大草原や自然の中で過ごす少女の成長物語でもある為、そのイメージと重なる風景を見たときに、ふと思い出したかのように読み返したくなるように思います。
そして、その本を再び開くごとに、その本を初めて手にしたときに自分に戻るような気がするのです。こういった気持ちになれる本はあまりなく、私にとっては特別な意味のある本だと言えるのではないでしょうか。
本を読むことがすでにライフワークになっているので、今まで数え切れないほどの本を読んできましたが、ことあるごとに思い出したり、何年たっても読み返したくなる本というものはそんなに多くはないと思います。もちろん、どの本も良作が多く、その都度感動したり驚いたり、夜も眠れなくなるほどページがどんどんすすんだりする魅力的な本ばかりではあるのですが、多くても二度読んでしまえば手放してしまうというパターンが多いのです。
そんな中でいつまでも手放すことが出来ない本があるということが、なんとなく少し嬉しいような気がしています。次の晴れた日に、また久しぶりに読んでみようかと思っています。

思春期の手紙

2015年3月10日

両親への手紙というものを書いたことがあります。確か小学生の頃の行事の一環としてだったと記憶していますが、思春期と言われる時期の揺れの大きい年齢にあった私、なかなか素直に普段は感謝の言葉を使うことが出来ずにいました。それは私だけに限らず、周りの友人たちの多くがそうだったと思います。
両親が仕事に行くこと、ご飯を作ったり掃除洗濯をすること、それはごく当たり前の毎日の風景で、そこに疑問や感謝の念というものを抱くまでに心が成長しておらず、時には大人たちの存在がなんとも疎ましかったりしたものです。
思春期、特に反抗期という時期は、子供にとってもその両親にとっても、とてもデリケートな時だと思いますし、必ずやってこなければいけない時期でもあります。子供は妙に大人っぽい様子で分かったようなことを口にしたり、大人は苛立ちを隠せずつい本気のケンカに発展してしまうということもあるのではないでしょうか。
そんな時に、改めて両親に手紙を書くという行為はとてもやりずらかったように思います。何を書けばいいのか分からず、なかなか筆が進まなかったものです。ですが、今思えば、唯一素直に気持ちを表すことが出来る手段だったと思います。
恥ずかしさと一緒に、こういう手紙を書く相手がいてくれるという嬉しさも感じることが出来たように思います。

両利きの自分

2015年2月23日

昔ほどではないにしろ、左利きの人にとっては不便なことが多々あるように思います。実は私も左利きだったのですが、子供の頃に母親によるスパルタ矯正を受け、両利きという特技を身に付けることが出来ました。今では左も右も使うことが出来るので、以外と便利だったりもします。
例えば、文字を書くときは右手で書きますが、塗り絵のように色を塗るときは左手で染めます。左手で染める方がなぜか味が出ますし、やはり自分自身やり易いのです。小学生の頃に絵日記の宿題があったのですが、右手で日記の文章を書き、左手で絵を描いて染めたりしていました。この様子を見た同じクラスの友達に誉められたことがとても嬉しくて、思えばこの頃から積極的に左手も使うようになっていったような気がします。
また、食事の際は右手で箸を使いますが、スプーンやフォークで食事する時は左手です。行儀は悪いかもしれませんが、同時に両手を器用に使って食事することも出来ちゃいます。自宅でたまにこの食べ方をして叱られてしまうこともあるのですが。
両利きであることで、右脳も左脳もバランスよく使えているはずなのですが、今のところは特にこれといって突出した才能がある訳でもありません。いつか才能開花することがあればいいのですが。

本の貸し借りで困ること…

2015年2月4日

本屋さんに寄ると、あれも読みたいこれも読みたい、と欲望ばかりが渦巻いてしまいます。だからといって、全ての本を購入するわけにもいきません。図書館に新刊として入るのを待ったり、読みたいものは借りるようにしています。同じく読書を趣味としている人であれば、読書傾向も似ていて自分が購入していないものを持っている可能性が大きいからです。
しかし、図書館以外で本を借りること、仲間からの貸し借りで困ることがあります。それは、どんどん読むものが溜まってしまうことです。いわゆる、積読というものですね。
暗黙の了解で貸し出し期限がないので、ついマイペースに読んでしまうと、どんどん貸してくれる人もいます。読むものが手元にあるという、こんなに嬉しいことはありません。けれども、本に追い込まれるというのも緊張感があります。
さらに、返却するときには貸してくれた人はたいていその本を先に読んでいるのです。「どうだった?」などと声を掛けられれば、感想を話さずにはおれません。自分も、「借りて良かった!」と思えるような作品だったならばなおさらです。
一冊の本を巡って、こんなにも自分の時間が取られてしまうということはなんという誤算でしょうか。時間を取られる、というよりは充実させられると言った方がピッタリですね。

ふと響く言葉がある

2015年1月22日

耳に残るフレーズや、ふと心にズシンと響く言葉というものがあります。不思議なことに、このようになんとなく自分自身に問い掛けるような、はたまた背中を押してくれるような、「今の自分にピッタリ!」という言葉たちというものは、なぜか必要な時に抜群のタイミングで出会うような気がするのです。
例えば、いつも車の中で聞いている馴染みのある曲の歌詞が、ある時まるでピンポイントで刺すように耳に入ってくることがあります。そして、曲をじっくり噛み締めるように何度もリピートしてみたりという経験があったり。
また、読んでいる本の一文に、ビビビッとくることも多いです。そういった箇所はつい繰り返して読んでしまうことがあります。私は普段から本を読むことがまるで日課のようになっていますが、こういった「何だかハッとさせられる一文」というものは、本の中だけに限らず、色んなところで目にすることがあります。
ある時はふと目に入った広告の中に、ある時はテレビで流れるエンドロールの中に、引っ張られるように目が向いてしまうという不思議な瞬間。
こういった偶然は、単なる偶然ではなく、自分に必要な知識であったり支えになるであろう言葉を、自分自身が無意識の中で捜し当てているのかもしれないな、と、時々思うのです。

漫画の魅力

2015年1月6日

本を読んでいると、「漫画ばっかり読んでないで勉強しなさい」と怒られるという図式がすぐに頭に浮かぶのですが、同じ本なので小説と同じようにとても深く、おおいに勉強になると思うのです。同じ本の仲間、立派な読み物のひとつですから。
特に日本のものはアニメと並んで、国内に限らず海外の評価がとても高いという事実は、ここ最近のジャパニメブームを見ても明らかだと思います。たかが漫画、されど漫画。海外の方は自分の感情をストレートに現すことが多いので、好きなものを隠したり恥ずかしがったりせず、堂々と公表していますね。いわゆるコスプレにかける情熱も素晴らしく、クオリティが高いのには驚かされます。
この分野にも色々なジャンルがあり、単純明快な笑いを提供するものからリアルに問題提起しているものまで、実に様々です。本を読んで世界観や人生観が変わったり、何かしら救われた、気持ちがスッキリしたという経験をした人は少なくないと思います。
本を読むことで、自分が経験出来ない違った人生を疑似体験することが出来るのだと思います。だからこそ、小さい子供から忙しい大人まで漫画を求めるのではないでしょうか。
形式を問わず物語を表現する本は、なかなか深みのある作品が多く、一度読み出すと止まらなくなってしまう魅力的な読み物であると思います。

母の好きな海外小説

2014年12月23日

私の読書好きはおそらく母親譲りだと思います。布団に入りながら枕元のランプを点けて夜な夜な本を読んでいる母親の姿を、今でも覚えています。
そんな母が好んで読んでいたのは海外小説で、特にホラーやミステリーのジャンルが多かったようです。数冊文庫本を母から借りて読んでみました。私は海外小説はあまり読んだことがなかったので、最初は表現の仕方の違いにとまどってしまい、なかなかページを増やすことが出来ませんでした。
当然と言えば当然ですが、海外の表現と日本の表現にはどうしても微妙な違いがあり、ジョークのひとつとってもちょっとズレを感じてしまうことがあります。「そんな風に言ってしまうの?」と、頭の中にハテナが浮かぶこともしばしば。
ですが、これも慣れると不思議とユニークに捉えることが出来るようになり、海外ならではの表現に思わず引き込まれてしまいます。ものをはっきり言う姿は爽快だったりもします。まるで海外ドラマを観ているように、ブロンドの主人公が鮮やかに浮かんでくるような気がします。
私の母親は、思ったことをはっきりと口に出す性格なので、こういった海外小説の中に自分を重ね合わせて読んでいたのかもしれませんね。そんな母の今の趣味は、すっかり読書から離れて家庭菜園になってしまっていることもお伝えしておきます。

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