体をめぐる小説リズム
小説を読んでいると、自然とリズムが生まれてきます。その流れがまた、心地良いのです。
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Category Archives: いろいろ

リサイクルショップを活用する

2015年6月26日

本が好きな人なら、古本屋やリサイクルショップを活用することも多々あるのではないでしょうか。私もよく足を運ぶのですが、自宅に増えてしまった書籍を持ち込み、その足で新しい本を物色していくというパターンがお決まりの流れとなっています。
最近のリサイクルショップは取り揃えてある種類も豊富ですし、運が良ければ少し前に発売されたはずの新刊まで置かれてあることも。汚れや破損の程度は様々ですが、状態があまりよくないほど安値にて販売されていますし、良質の本であっても手に取りやすい価格設定となっていますので、「とにかくたくさん本が欲しい!」という場合にはリサイクルショップを活用しない手はありません。
時には小説コーナー以外に漫画のコーナーも見ていくのですが、思わず懐かしくなってしまうような漫画に再会してしまうこともあります。今や漫画は立派な文化ですし、子供だけではなく大人も十分楽しめます。漫画のコーナーでは子供の姿より大人の姿の方が多く見られるようにも思います。なので、恥ずかしい気持ちになる必要なくゆっくりと見て回ることが出来る訳です。
本を読むことが好きな人にとって、本を購入するということは自分に対する投資のようなものです。ですが、出来るだけ出費は抑えたいというのが正直なところ。そんなとき、リサイクルショップの存在はとても有り難いものではないでしょうか。

強敵「古いアルバム」

2015年5月12日

先日、自宅の物置の整理をしました。今までも何度か片付けようと思ったのですが、いざ片付けようとするとどうしても腰が重くなり、永遠に開かずの間にして封印しておいてしまいたいと、ついつい現実逃避してしまっていたのです。いつまでもここから逃げてはいけないと、ついに意を決して扉を開け放ち、宝を阻むダンジョンのごとく重なりあう段ボールの山に足を踏み入れたのです。
ですが、私の決心をあざ笑うかのように、次々と段ボールの扉の中に潜む奴等が私の動きを阻みます。私を金縛りにしたそれは、「古いアルバム」という名の強敵でした。私の意に反してページをめくる手が止まらない、むしろどんどん滑らかになっていくではありませんか。
アルバムの中の私の分身たちが次々と私の記憶を攻撃し始めます。過去の思い出たちが鮮やかにリフレインし始め、私の分身たちはグイグイと私を過去に引き込もうとするのです。やめてくれやめてくれ、と逃れて次のページへ逃げ込むと、そこには見知った顔、顔、顔のオンパレードです。
もはや私はなすすべもなく、とうとうその強敵「古いアルバム」により拘束され、数時間監禁されたという訳です。ようやく解放され、無事もとの世界へ戻ることが出来ましたが、どうやって再び奴との対峙にて勝利を掴むことが出来るのか。策を練っているところです。

新しい世界

2015年4月26日

SNSの普及が目覚ましい昨今、今や小学生、中学生までもが普通に携帯電話を持ち歩き、パソコンを使いこなしているような時代となりました。私が小学生の頃は、糸電話でどこまで会話出来るか試したり、離れた場所の友人と秘密のやり取りが出来るトランシーバーという魔法のようなオモチャが流行ったりしたものですが、今と比べると「アナログな時代だったな」とついつい遠い目になってしまいます。
しかし本当に便利な世の中になったものです。それだけ自分も歳を重ねたのだと思うと、月日の流れの早さを痛感します。昔と変わったことは挙げていけばそれこそキリがないのですが、電子書籍というものが出現したときはなんだか複雑な気持ちになってしまいました。自分の中で、本はあくまでも紙のページをペラペラめくってなんぼというところがありましたので、若干受け入れがたいような気分になってしまったのです。
しかし、お試し無料立ち読み企画で電子書籍を読んでみたのですが、これはこれでなかなかよいではないか、と思わされました。残すべきところは残し、改めるべきところは改めるという柔軟な姿勢を持ち、消費者が選んでいける選択肢が増えるということは悪くないのかもしれません。これからまたどんどんそういった意味で新しい世界が開けていくのでしょう。

思春期の手紙

2015年3月10日

両親への手紙というものを書いたことがあります。確か小学生の頃の行事の一環としてだったと記憶していますが、思春期と言われる時期の揺れの大きい年齢にあった私、なかなか素直に普段は感謝の言葉を使うことが出来ずにいました。それは私だけに限らず、周りの友人たちの多くがそうだったと思います。
両親が仕事に行くこと、ご飯を作ったり掃除洗濯をすること、それはごく当たり前の毎日の風景で、そこに疑問や感謝の念というものを抱くまでに心が成長しておらず、時には大人たちの存在がなんとも疎ましかったりしたものです。
思春期、特に反抗期という時期は、子供にとってもその両親にとっても、とてもデリケートな時だと思いますし、必ずやってこなければいけない時期でもあります。子供は妙に大人っぽい様子で分かったようなことを口にしたり、大人は苛立ちを隠せずつい本気のケンカに発展してしまうということもあるのではないでしょうか。
そんな時に、改めて両親に手紙を書くという行為はとてもやりずらかったように思います。何を書けばいいのか分からず、なかなか筆が進まなかったものです。ですが、今思えば、唯一素直に気持ちを表すことが出来る手段だったと思います。
恥ずかしさと一緒に、こういう手紙を書く相手がいてくれるという嬉しさも感じることが出来たように思います。

ふと響く言葉がある

2015年1月22日

耳に残るフレーズや、ふと心にズシンと響く言葉というものがあります。不思議なことに、このようになんとなく自分自身に問い掛けるような、はたまた背中を押してくれるような、「今の自分にピッタリ!」という言葉たちというものは、なぜか必要な時に抜群のタイミングで出会うような気がするのです。
例えば、いつも車の中で聞いている馴染みのある曲の歌詞が、ある時まるでピンポイントで刺すように耳に入ってくることがあります。そして、曲をじっくり噛み締めるように何度もリピートしてみたりという経験があったり。
また、読んでいる本の一文に、ビビビッとくることも多いです。そういった箇所はつい繰り返して読んでしまうことがあります。私は普段から本を読むことがまるで日課のようになっていますが、こういった「何だかハッとさせられる一文」というものは、本の中だけに限らず、色んなところで目にすることがあります。
ある時はふと目に入った広告の中に、ある時はテレビで流れるエンドロールの中に、引っ張られるように目が向いてしまうという不思議な瞬間。
こういった偶然は、単なる偶然ではなく、自分に必要な知識であったり支えになるであろう言葉を、自分自身が無意識の中で捜し当てているのかもしれないな、と、時々思うのです。

母の好きな海外小説

2014年12月23日

私の読書好きはおそらく母親譲りだと思います。布団に入りながら枕元のランプを点けて夜な夜な本を読んでいる母親の姿を、今でも覚えています。
そんな母が好んで読んでいたのは海外小説で、特にホラーやミステリーのジャンルが多かったようです。数冊文庫本を母から借りて読んでみました。私は海外小説はあまり読んだことがなかったので、最初は表現の仕方の違いにとまどってしまい、なかなかページを増やすことが出来ませんでした。
当然と言えば当然ですが、海外の表現と日本の表現にはどうしても微妙な違いがあり、ジョークのひとつとってもちょっとズレを感じてしまうことがあります。「そんな風に言ってしまうの?」と、頭の中にハテナが浮かぶこともしばしば。
ですが、これも慣れると不思議とユニークに捉えることが出来るようになり、海外ならではの表現に思わず引き込まれてしまいます。ものをはっきり言う姿は爽快だったりもします。まるで海外ドラマを観ているように、ブロンドの主人公が鮮やかに浮かんでくるような気がします。
私の母親は、思ったことをはっきりと口に出す性格なので、こういった海外小説の中に自分を重ね合わせて読んでいたのかもしれませんね。そんな母の今の趣味は、すっかり読書から離れて家庭菜園になってしまっていることもお伝えしておきます。

和洋折衷、バカンスはどこへ

2014年10月14日

日本ほど、和洋折衷というか、色々な国の文化を取り入れて楽しんでしまう文化もないのではないか。外国のエッセイを読んでいて、ふと思いました。例えば日本は、ハロウィンを祝い、クリスマスを祝いますが、年越しは初詣をしますよね。お雑煮を食べて、学生の宿題には書初めがあります。誕生日にバースデーケーキを食べるかと思えば、お盆に食べるのはおはぎです。島国で長く孤立していた時期もあったのに、よくぞここまで発展したというか、変わったものだなあと感心してしましました。あと驚いたのは夏休み、外国流に言えば、バカンスのことです。社会人の夏休みについてなにも思っていなかったのですが、それは私が無知だったからと知りました。外国はそれこそ一か月単位で休みをとったりするのですね。これは心の底から驚きました。日本のように、明日から頑張って働くために休むという考えはなく、休みを楽しむために働いているという考え方だそうです。文化の違いってすごいですね。かつては勤勉で真面目なことが、日本の美徳と言われていました。今はどうかわかりませんが、一度きりの人生ですから、楽しい方がいいに決まっています。色々なイベントを取り入れたのだから、バカンスももう少しとりやすくなればいいのにと思いました。

封筒に似合いの切手

2014年7月8日

つい先日、文房具屋さんでバースデイカードを買いました。遠方に住んでいる友達の誕生日が近いのです。
どんなのがいいかなと悩んだ末に、飛び出すタイプのものにしました。しかも絵柄はアンパンマンです。私、アンパンマン好きなんですよ。子供向けなんて侮っちゃいけません。永遠のヒーローです。
大人だって、勇気と元気と笑顔をもらえます。そのアンパンマンのカードにメッセージを書いて、同じくアンパンマンの封筒に入れて、さて切手を貼ろうとしたところで、値段がわからないことに気がつきました。なにせ飛び出すタイプですから、カード自体が厚いんですよ。八十円か、九十円か……。相手に迷惑がかかってしまってはいけませんから、郵便局に持って行くことにしました。そして郵便局で、お願いしますと封筒を差し出すと。担当のお姉さんがひと言。「お子様宛てですか?」なぜ、と思いつつ「いいえ」と答えると、お姉さんは続けます。「ドラえもんの切手の方がよろしいですか?」ああ……絵柄がアンパンマンだから、気を使ってくれたのか、と気付いたのは帰宅した後のことでした。子供の頃に、絵本もアニメも見ていたアンパンマン。お友達にも勇気と元気と笑顔を与えてくれますように。

人生は迷路に似ている

2014年6月7日

家族とショッピングモールに買い物に行った帰りのことです。駐車場のどこに車を止めたかわからなくなり、母親と一緒に探し回りました。先に戻っていた父親が「おい、どこに行くんだよ」と車中から声をかけてくれたのでなんとか車に戻れたのですが、あれがなかったらもっと歩きまわっていたでしょうね。我が家の車は珍しいものではなく、父がいるからと、車の場所を意識していなかったのが原因です。駐車場をぐるぐるしているときに、子供の頃に行った、巨大迷路を思い出しました。遊園地の中にあったものですが、出口がわからなくて泣きそうになったところを、父が誘導してくれたのでした。迷路って、なんか人生に似ていますよね。行きつくゴールは確かにあって、誰もが到達するのに、途中の道筋はわからない。前を向いているのか横を向いているのか。この道であっているのか。わかるのは、ゴールについたそのときです。でも人生の迷路は、誰にも誘導してもらえません。冒険小説の旅路のように、ゲームのダンジョンのように、地図があるわけでもありません。ひたすら自分を信じて足を動かすしかないのです。そろそろ、転職を考えています。まさに人生の岐路です。しっかり自分で道を選び、笑顔でいられる未来を作りたいものです。

レシピ本の写真っておいしそう

2014年5月19日

私の朝は、野菜ジュースとともに始まります。お手製の、と言えればちょっとはかっこいいのですが、市販のものです。トマトジュースは苦手なので、野菜とフルーツメインの野菜ジュース。それを起きたらまず冷蔵庫に直行し、コップについで一気飲みします。夏は冷たさが心地よく、冬はぶるりと身が震えます。朝一番に冷たい飲み物を飲むと腸のぜんどう運動が促進させますと読んだのは、新聞だったか、薬局でくれる冊子だったか。覚えてはいませんが、読んで以来実践しています。本当は手作り野菜ジュースのレシピなんてものも載っていたのだけれど、うちにはジューサーがないし野菜を毎日買うっていうのもねえ……。台所は母親の領分ですし、朝からがたがたしてたら迷惑がられそうです。でもこんなことを言っておきながら、私は料理のレシピを見るのが大好きです。正確には、レシピ本の料理の写真を見るのが、なんですが。あたりまえだけど、とてもおいしそうに写っているんですよね。こんなの食べたいなあと思いながら、ただただ眺めています。さまざまに変化をつけたカレーライス、ふわふわのパンケーキ。ページからそのまま出てきてくれたらいいのにといつも思います。料理は苦手。昔から食べる専門です。